あいつがここにやってきたのも、ちょうど、今夜のような、気の滅入る天気だったろうか。
きっと、そうに違いない。
忌々しいあいつが、この忌々しい雲を引き連れてきたのだろう。

オーク材の、重厚な造りの扉。
軽く、乾いた音が響く。
軋んだような音をたてるドアノブも、少し塗装が剥げて木目の浮いた戸材も、何もかも同じ。
唯一、プレートに綴られた名前だけが違う。
もうかれこれ十年以上ここにいる自分と、つい半年程前に入団してきたこいつが同じ扱いだと思うと、少しやるせなくなる。

「どうぞ」

中からきこえてくるのは、いつもと同じ、低くて、落ち着いた声。

ベージュで統一された室内には、無駄なものは何一つなく、ただ無造作に背の低いチェストと、簡素な寝具、そして小さなテーブルだけがおかれていた。
内装もほとんど変わらない、ふと、そんなところばかりに目がいく自分に気づき、彼は自嘲の笑みを漏らした。

…手短にすまそう。
そうでないと、もっと情けない気分になりそうだ。

「用件は何です?お互い忙しい身です。手短にお願いしますよ」
すると、彼は少しばつが悪そうな笑いを浮かべて、言った。
「…大した事ではありませんよ。ただ、少々お訊きしたいことがありまして」

雨は相変わらずじっとりと降り続いているけれど、彼の言葉を覆い隠してはくれなかった。
嫌な予感がする。
ここにいてはいけない、誰かが、そう囁いている気がした。

「まあ、そんなに固くならずに。これでも呑みながら気軽に話しましょう」
そう言うと、いつの間に用意したのか、二つのグラスにワインを注いだ。
ダークレッド、輝きを失った血の色の、赤ワインを。

どうやら、私にはここに座ってゆっくり話をする、という選択支しか残されていないらしい。
「お気遣い、どうも」
少々自棄になって、乱暴に椅子に腰掛ける。

貴方と話すことなどない、そう言って、今すぐ立ち去ることができれば、どれほど気楽だろう。

私は君が嫌いなんだ。君は違うのかい、ウィーグラフ。

*

剣など一度も握った事のないであろう、華奢な指先がゆったりとしたローブからのぞく。
ところどころに金糸で刺繍の施されたそのローブは、一目で高価なものだとわかる。
天才術士と名高い、名家の子息。アカデミーを主席で出た後は、ストレートで神殿騎士団に入団。
筋金入りの世間知らず、か。
ウィーグラフの中に、ある種の痛みにも似た感情が沸き上がる。
努力などでは覆せない、壁。
努力などでは得られない、力。
努力などでは取り戻せない、唯一の存在。

…ミルウーダ、俺は、生まれを、貴族を超えることが、出来るのだろうか…。
ふと、その超えるべき存在に目を向ける。
ほっそりとした真っ白な指で、所在なげにグラスをもてあそんでいるが、どこか警戒しているようにも見えた。
勿論、この術士に好かれていないことは知っていた。
ただでさえ、貴族というのは平民を嫌うし、きっと、ろくでもない噂が流れているのだろう。
そのろくでもない噂とやらを否定する気はない。
確かに俺は女癖も悪ければ戒律なんてものも気にしたことはない。
この真面目な天才様にはその全てが気に食わないのだろう。
…この俺が、天才である自分と同等の扱いである、ということも含めて。
でももう気にする必要はない、今すぐ俺が引き摺り下ろしてやるよ。
同等なんて感じられないくらい、遥か下に。

視線を戻すと、クレティアンは小さく身を捩って顔を背けた。
ローブが僅かにはだけて、大理石のように滑らかな肌が露になる。
ウィーグラフはすばやくその身体を嘗め回すように見分した。
肩が露になる程、大きく開いた襟ぐりに、深く入ったスリット。最高だ。
…それにしても、随分な格好じゃあないか。
…何のために?
そして、誰のために?

ウィーグラフは唇の端を歪めて、微かな笑みを浮かべた。

そうだよ、それを今から確かめてやるのさ。
この高潔な天使を、地に引きずりおろしてやるために。


ウィーグラフはワインを一口で飲み干すと、おもむろに口を開いた。
「ローファル=ウォドリング…ご存知ですよね?」
クレティアンは眉一つ動かさずに、静かに答えた。
「知っていますよ、貴方の隊を総括しているのも、確か彼でしたね」
模範解答、だ。この騎士団に所属する者なら誰もが知っている、事実。
ローファル=ウォドリング、神殿騎士団ナンバーツーにして、多くの隊を総括する剣士。

…でも、本当にそれだけかい、クレティアン、君にとって。

「彼のことで…あなたに、ご報告せねば、と思っていたことがありまして。実は昨夜か、その前か…彼を見たという者がいるんですよ。随分遅い時間だったそうです」
クレティアンの眉宇が僅かにひそめられる。
ウィーグラフは、それを見逃しはしなかった。
平静を装ってはいるものの、思い当たる節があるのは自明である。
「…彼とて、夜に出歩く事ぐらいあるでしょう。何も不思議がる必要は無いはずですが」
返ってくる答えは予想通り、当たり前の事実から切り取ったもの。
これだから、純粋培養の天才様はいけない。
ここまで見事に罠にはまってもらっては、面白味がないじゃないか。

「そうですね。ただ、場所が問題なのです。西塔、というものですから。西塔は術士寮、とおききしたのですが?」
グラスに触れたクレティアンの指は、微かに震えていた。
「…何が言いたいのです?」
思わず立ち上がったクレティアンを見て、ウィーグラフは得たりとして微笑んだ。

…みつけた。

緩んだローブの襟刳りからのぞく、真新しい情事の跡を。

*

なんということだ。彼が、そんなへまをしでかすとは。

剣士は東塔、術士は西塔、互いの寮には立ち入らない。
それが、この神殿騎士団内での不文律となっていた。
相容れぬ剣と魔術、それが互いに感化しあうことは、ろくな結果を生まないから。

勿論、ローファルは西塔、クレティアンは東塔、そして、それぞれが塔の寮監という大役を仰せつかっている。
その、監督二人が不文律を破って逢引、そんなことが許されるであろうか。
そして、神に仕える聖なる騎士が、その神を冒涜するような関係を持つなど。
…許される訳がない。
「ウィーグラフ、貴方の望みは何です?」
「望み?私はただ、西塔寮監である貴方に一応ご報告しておこうと思っただけですが。…お手をわずらわせましたね」
ウィーグラフは僅かに残ったワインを、クレティアンのグラスに傾けた。
どろどろとした血の色のそれは、以前とは違う、艶めかしい輝きを放っているように見えた。
「どうも」
一気に流し込むと、乾いた喉が焼け付くように痛む。

随分な時間が経った気がする。
早く、今すぐにでもこの場から立ち去らなければいけない、私の中の力が、そう言っているのに。
けれど、ウィーグラフの絡み付くような視線が、それは無理だと物語っている。

不意に、ビクリと肩が震えた。
ウィーグラフの言葉を遮ろうと、必死に声を絞り出す。
「ろ、ローファルには…東塔には近寄らないよう言っておきます」
声が裏返り、上手く言葉を紡ぐ事ができない。
何故私は、こんなにも怯えているのだろう。
何に、怯えているのだろう…?
ローファルの…ことを…?

「何を、そんなに怯えているのです?」
含みをもった笑みに、何もかも見透かすような視線。
「怯えて…?何が…」
焦りと恐怖に、いつのまにか握り締めていた手は血の気を失って白み、冷えきっていた。

ウィーグラフはそんな彼の様子を見て、ゆっくりと立ち上がった。
滑らかで華奢な肩に手をかけて、囁く。
「貴方と彼の事…どうしてほしいですか?」
唇が、耳を掠めるくらい、近くで。
すう、とクレティアンの肩から力がぬけた。
「…ヴォルマルフ様に…?」
呆然と呟いた、その言葉を遮るように、ウィーグラフは言った。
「…貴方次第、ですよ」
薄い唇に、僅かに笑みを浮かべて。

*
後ろから抱きすくめると、首筋から手を差し入れ、まだ真新しい情事の跡をなぞる。
一瞬、ビクリと肩を震わせたきり、もう、クレティアンは抵抗の色を見せなかった。

手を胸に這わせたまま、もう片方の手でローブの腰紐を解くと、病的なまでに白い肌が、燭台の炎に晧晧と晒しだされる。
クレティアンがその炎を一瞥すると、青い手が現れて、一つ一つそれをかき消していった。
部屋が薄闇につつまれる。
窓から射す青白い月光のみが、クレティアンの肢体を映し出していた。
「悪いね、デリカシーに欠けて」
ウィーグラフが耳朶に舌を這わせると、わずかにクレティアンの肩がゆれた。
それを感じ取ったのか、ウィーグラフはそっと、耳に舌をさしいれた。
「…んッ」
かみ締めていた唇から、微かに声が漏れる。
ウィーグラフは首筋に当てた手を、すっ、と下に這わせた。
薄桃色の突起を、触れるか触れないかくらいの微妙なタッチで愛撫する。
「あっ…」
聞きたくないのに。勝手に零れ落ちる嬌声をとめることはできない。
最後の抵抗に、クレティアンは固く目を閉じた。

片方で突起を弄ったまま、もう一方の手を下肢に滑り込ませると、ウィーグラフはクレティアン自身をやんわりと握り込んだ。
「ぁ…っん…」
吐息ともつかない、切れ切れになった声を漏らす。
同時に、クレティアンの身体から力がぬけおちてゆくのが分かった。
ウィーグラフはそれをしっかりと抱き留めて、唇を耳に寄せて囁いた。
「…ベッドに行くか…?」
そう言うと、軽々とクレティアンを抱き上げた。

今頃になって、口調まで変っていることに気がついた。
俺も現金なものだと、自分でも思う。
これが、支配欲というものだろうか。
けれど、人間誰だって支配する側に回りたいものだろう?
相手が自分を支配してきた存在、そうだとしたら尚更に。
温室育ちの天才様には、一生わからない感情かもしれないが。

*

何一つ抵抗できない、この非力な身体を私は呪う。
…何故、私は術士などに生まれついてしまったのだろう。
誰も…自分さえも守れない、脆弱な存在に。

きつく閉じた目からあふれた一筋の涙が、クレティアンの滑らかな頬を濡らして流れ落ちる。
流れ落ちた雫は、小さな染みを作ってすぐに消えた。
まるで、彼の想いを嘲笑うかのように。

ゆっくりとクレティアンをベッドに横たえると、ウィーグラフは目を細めた。
今、まさに、天使が我が物になろうとしている。
何もかも失った、この俺のものに。

二人分の重みを受けて、ベッドが軋む。
最後の抵抗に、クレティアンはウィーグラフを睨みつけた。
「…いいのか?君と、君の大切な騎士様の運命は俺の手の中だ」
「なっ…ヴォルマルフ様が貴方の言葉など、お信じになる筈が…!」
ウィーグラフは唇の端を歪めた笑みを浮かべると、乱暴にクレティアンを押さえつけた。
両腕を頭上に留められ、身じろぐ事すらできない。
「それはどうかな?」
もう一方の手を、はだけたローブの襟から差し入れ、薄い胸に這わせる。
そして、淡く色づいている部分で手をとめた。
「…どうやって、言い逃れるつもりだ?まさか、自分でつけたとでも言うのか?」
一瞬、はっと大きく目を見開いたが、やがて、呆然と呟いた。
「そ…んな…」
「何、大した事じゃあないさ。俺の言うとおりにしていれば、全ては終わるんだ。俺は君達のことを忘れよう。君も、俺の事なんて忘れてしまえばいい」

クレティアンは顔を背けて固く目を閉じると、ウィーグラフに身を任せた。

触れられている、と思うだけで嘔気がこみあげてくる。
今すぐにでも、ここから逃れて消えてしまいたい。
…でも、これで貴方を守れるのなら。私は、貴方を守れているのかな…ローファル…。

ウィーグラフはゆっくりとクレティアンに覆い被さると、まとわりついているだけになっていたローブを完全に取り去ってしまった。
青白い、病的な月光の中でもその肢体は一際白く、艶めいて見え、弥が上にもウィーグラフの劣情は煽られてゆく。
久しぶりの上物に逸る自分を抑え、再び薄く影を落とす鬱血跡に触れる。
そのまま唇をおとすと、所有の証を塗り替えるかのように、更に色濃く跡を残した。
「あぁっ…」
瞼をきつく閉じ、苦悶の表情を浮かべながらも、熱に浮かされた声が零れ落ちる。
先程から弄られ続けて、赤く熟れた胸の突起に唇を落とすと、そのまま舌を這わせた。
舌先で転がすように刺激しながらも、空いた方の手はもう一方を摘み上げたり、爪を立てたりして、刺激を与え続ける。
「はぁ…っん…」
意識は霞がかかったように朦朧となり、一度開いてしまった唇からは止めど無く声が溢れる。
「あ…っん……は…」
嫌なのに。こんな奴に抱かれるなど、全く考えたこともなかったというのに。
けれど、身体は確実に快感に溺れてゆき、そして霞がかかったような頭は、それを止める術をもたなかった。
これは、取り引きだから…そう自分に言い聞かせでもしなければ、気が狂ってしまいそうだ。
自分と、ローファルを守るための…取り引き。
その名を思い浮かべたとたん、クレティアンはずくん、と体の芯が疼くのを感じた。
昨夜の残り火が、再び勢いを持った気がした。

クレティアンが行為に溺れはじめたのを察して、ウィーグラフは頭上で封じていた手を静かに開放した。
そして、その手をクレティアン自身に伸ばすと、掠めるくらいにやんわりと触れる。
それだけでクレティアンはビクン、と身体を仰け反らせるように震わせた。
軽く扱くと、すぐに透明な先走りが溢れ、擦る度にぐちゅぐちゅと卑猥な音をたてる。
「あぁ…んっ…」
怯えたように潤んでいた大きな瞳は、今や熱に浮かされ、妖しく艶めいている。
自分でも気づかないうちに、愛撫をねだるように腰を突き出し、ゆらめかせてウィーグラフを誘う。
その仕草は、はっとするほど淫靡で美しかった。
「んっ…ぁ…ぁ…」
快楽に染め上げられた吐息が、限界に近いことを告げる。

ウィーグラフ自身もその媚態に煽られて、今すぐにでも熱い楔を埋め込んでしまいたいほど、熱く膨れ上がっていた。
だが、必死にその獣性を押さえつけ、微かに涙の跡が残る頬に、そっと手を触れる。
全体的に赤みのさした頬は、滑らかで、しっとりと手のひらに吸い付くようだった。
優しく頬を撫でると、半開きになった紅い唇に自分の唇を合わせ、深く舌を差し入れる。
舌を絡めると、クレティアンもおずおずと愛撫に応じる。
呼吸が止まるくらいに深い口付けを施し、唇を離すと、透明な唾液が糸を引いた。

(ローファル…)

霞のかかった頭に思い浮かんだのは、愛しい人の名前。
そして、次第に、愛撫が誰のものかすらわからなくなってゆく。

「そろそろ、か…?」

呟いたその声に反応し、クレティアンは身を固くした。
…違う、ローファルじゃ、ない…。
そんなの、最初から分かりきったことだった。
優しい愛撫と深い口付けをくれるのは、無理やりに私を抱いた男。
この行為は、ただの取り引きに過ぎないのだから。

潤んだ目でウィーグラフを見上げると、人差し指を軽く舐めて、微かに笑みを浮かべた。
ウィーグラフは僅かに掠れた声で囁く。
「脚、開け」
意味するところがわかったのか、はっとしたように目を見開く。
それでもなかなか脚を開こうとしないクレティアンに焦れて、ウィーグラフは少々乱暴に膝をつかみ、その脚を押し開いた。
「や、やだっ…!」
「君に、拒否権はない。…わかってるのか?」
すんなりとした両脚の中央に、誘われるように指を伸ばす。
「や、やめ…っ」
狼狽の色を隠せないクレティアンを無視して、ウィーグラフはそのまま指を挿し入れた。
「うぁっ…!」
多少濡らされてはいたものの、乱暴な挿入に痛みが伴ったのか、クレティアンは小さく呻き声を漏らした。
そのまま突き入れた指を、ゆっくり動かす。
「やめっ…痛あっ…は…あぁんっ…!」
「…やっぱり、キツいか。なら…」
一旦指を引き抜くと、傍らのチェストから小ビンをとりだし、とろりとした液体を軽くなじませる。
再び秘孔に指を触れると、香油のひやりとした感触に、クレティアンは身体を反らした。
逃げようとする腰をしっかりと押さえつけ、乱暴に、今度は二本、指を挿入した。
「あぁ…は…あ……何っ…!?」
先程より多い指を抵抗なく受け入れたことに、クレティアンは戸惑いを見せる。
ウィーグラフは薄く笑うと、蠢かせている指を更に奥まで挿し入れた。
「ああんっ…!」
「…俺だって、鬼じゃないからな。折角だから、楽しんでもらおうと思ったまでだよ」
そう言うと、シーツの波間に沈みかけた小ビンを放りやってしまう。
ゴトリ、と鈍い音をたてテーブルの足元に転がったそれを、クレティアンは虚ろな目で見つめていた。

そうしている間にも、挿しいれられた指は内部を抉るように蠢き、確実にクレティアンを快楽に溺れさせてゆく。
「んぁぁっ…やだっ…あっ!」
一際奥を突かれ、甲高い嬌声が零れ落ちる。
十分に解された内壁はやわやわと指に絡み付くようで、ウィーグラフの我慢も限界に達した。
片手で器用に自身を取り出すと、先程まで指を挿しいれていた個所にあてがう。
そのまま、掴んだ細い腰を引き寄せるようにして、自身を一気に埋め込んだ。
「あぁぁッ!!」
秘部を無理やり開かれる、その耐え難い痛みにクレティアンは思わず悲鳴をあげる。
ウィーグラフはそれを無視して、更に奥まで自身を埋め込もうと、ぐ、と腰を突き出した。
「っつ…痛ぁっ!!や…やめて…やめてっ…!」
余りの痛みに耐え兼ねて、今まで保ってきた自尊心も何もかもかなぐり捨て、哀願する。
だが、瞳を潤ませ頬を染めたその表情も、ただ熱を煽るだけのものでしかなかった。
「つぅッ…!」
最奥まで突き入れられると同時に、名状しがたい痛みと圧迫感にさいなまれ、思わず呻き声を漏らす。
焦点の合わない瞳からはひっきりなしに雫が零れ落ち、頬を濡らす。
ウィーグラフはそっと頬に唇を寄せると、その跡を拭い去ってしまった。
そのまま、半開きになったクレティアンの唇に自分のものをあわせると、深く舌を挿しれた。
口腔内を蹂躪され、犯されるその感覚に、再びクレティアンの思考は霞がかかったようにぼんやりとなってゆく。
いつのまにか後孔の痛みも忘れ、口付けに没頭していると、ウィーグラフはそのまま律動を再開した。
呻き声をあげようにも、全てが口付けに飲み込まれてしまう。
くぐもった鳴咽と、ぐちゅぐちゅと淫らな水音だけが熱気のこもった部屋に響く。
その音にも、一度火の点いてしまった身体は煽られてクレティアンは分身を更に固くさせた。
ウィーグラフは唇を放すと、再びクレティアン自身を握り込んだ。
「はっ…あ、あああっ…」
数回上下に強くしごいてやると、すぐに限界は訪れた。
クレティアンは小さく身体を震わせ、ウィーグラフの手の中に熱い欲望を吐き出した。
「は…ぁ…」
虚ろな目で、放心したように溜息をもらす。
まだ肩で荒い息をしているのがわかった。
だが、ウィーグラフは容赦なく律動を再開した。
どろどろに溶けた内壁に、限界まで膨れ上がった欲望の楔を突き立てる。
何度も何度も、執拗に内壁を擦られ、クレティアン自身もまた熱を取り戻していた。
再びクレティアンが熱を開放させたとき、同時にウィーグラフもクレティアンの中で欲望をはじけさせた。

*

タオルを湯に浸すと、ウィーグラフは丁寧にクレティアンの身体を拭ってやった。
当分目を醒ます気配は無いが、そろそろ礼拝が始まるからだ。
残滓をこびりつかせたまま放置してしまっては、自分の所業を晒すようなものだ。
大体情事の跡を消し去ってしまうと、ローブをおざなりに着せ掛けて、ウィーグラフは華奢な身体を担ぎ上げた。
生憎、術の心得は全くないので、礼拝の隙に部屋に運び込むしかない。
時魔術くらい習っておいても損はないかもしれない、その時はこいつに良い教師を見繕わせてやろう。
そんなことに想いを馳せながら、ドアを蹴飛ばそうとした瞬間。
コン、とドアのたたかれる鈍い音がした。
「まだ居るのか?」
よく通るバリトンは、今最も会いたく無い者の声だ。
有無を言わせぬ口調に気おされ、クレティアンをおぶったままなことも忘れてしまう。
戸を開けたローファルはすぐにそれに気付き、僅かに顔をしかめた。
「どうした」
「…え、え…ちょっと、酔ってらっしゃったので、一晩泊めて差し上げたのですが」
日頃は無駄に回転の速い頭も、肝心な時に限って空回りばかりする。
「こちらから東塔までは、結構ありますし…時期が時期ですから。お風邪でも召されたらと思いまして」
ローファルはわかりやすい嘘については何も触れなかった。
そのことが逆に恐くもあったのだが、今はどうしようもない。
「…そうか、迷惑をかけたな。私からも詫びておく。クレティアンにも注意はしておこう」
そして、ローファルはウィーグラフからぐったりとしているクレティアンを受け取ると、華奢な身体をすっぽりと腕の中に収めて、横抱きにした。
「すぐに礼拝が始まる。遅れるな」
「は、はい…それではお先に」
ウィーグラフがそう言うや否や、ローファルは姿を消した。
「…やっぱり、俺も時魔術は習おう」
ウィーグラフはそう呟くと、早足で礼拝堂に向かった。
あと数分しかないことに、ようやく気が付いた。


C O M M E N T
発掘してきました。
あれだ。きっとエロが書きたかっただけだ。
読み返してみてエロに対する気合入りすぎで我ながら引きました…(笑)
続きも形になればアップしたいと思います。ロークレです。

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