愛をこめて、さよならを

ヴァンは知っていた。

自分がヨハンに向ける思慕と、ヨハンがそれに応えてくれる想いが、全く別種のものであるということを。
ヨハンはギュスターヴに仕えるようになってから、ギュスターヴを父か兄のように、そして自分を弟のように慕い、慈しんできたのだろう。
それは、物心ついてからこれまでの人生の殆どを、人の温もりなどない暗殺集団ですごしてきたことを埋め合わせるかのように、細やかで、濃密な愛情だった。

…そして、その愛を自分が履き違えているのだということも、知っていた。

*

「術士は子に相伝するわけではありませんから、別に、君が心の底から愛しいと思う人がいるのであれば、それでいいのですよ」

胸の中で、余りに想いが凝ってしまい、抜き差しならなくなったとき、ヴァンはシルマールのもとを訪ねていた。
老境にさしかかり、病をえて臥せっていた師は、それでもかわらぬ温もりをたたえた瞳でそう諭してくれた。
「先生は…何とも思わないのですか?その…僕が、想う相手が…男だ、っていっても」
ヴァンがその温もりに絆され、つい、ここまで言うつもりではなかった、というところまで口にすると、シルマールは満面の笑みを浮かべて言った。

「何、珍しいことじゃない。周りをよく見てごらんなさい」

師の悪戯っぽい言葉はヴァンを驚かせ、そして赤くさせた。
けれど、その言葉に背を押されるようにして、ヴァンは一歩を踏み出したのだった。

*

結局、今の今まで、ヴァンが想いを言葉にすることはなかったけれど、シルマールの言葉で重石が外れたように、ヴァンはヨハンとの距離を縮めていった。
精神的にも…そして、物理的にも。

出会った当時は子供だった二人も、歳を重ね大人になる中で、親密さが危うい方向に傾いていくのは半ば必然だったのかもしれない。
少なくとも、ヴァンはそれを望んでいた。

そして一年前、遂にそれまでの二人の関係は崩壊し…その上に、更に濃密な、熱を伴った関係が構築されることになったのだ。

それからの日々は、ヴァンにとって満ち足りたものだった。
気持ちが通じ合ったと思える喜びと、一つになり、愛を確かめることの充足感が心を満たしていた。
ヨハンの病状に快復の兆しが見えないのが気がかりだったけれど、それさえ術の鍛錬に励む糧となった。
ヨハンの体を蝕む不治の毒を消し去ることは、自身の術才を示す最高の証となるし、何より、大切な人を救いたいという純粋な願いが、ヴァンを突き動かしていた。

ヴァンはより素直にヨハンへの想いをあらわすようになったし、ヨハンもそれを受け止めてくれていた。
度を超した二人の親密さは噂になったし、すぐにギュスターヴの知るところとなった。
けれど、ギュスターヴはそれを咎めるどころか、むしろ煽るようなことを言って二人を赤面させた。
すぐに、同じく頬を赤くしているケルヴィンの説教を受ける羽目になっていたけれど。

とにかく、甘酸っぱく、幸せな日々だった。

*

しかし、幸せな生活に甘えながらも、ヴァンも盲目になってはいなかった。なれなかったのだ。
ヴァンの治療も空しく、ヨハンの病状は着実に悪化していった。
血色がすぐれなかったり、風邪っぽかったりする程度だったのが、とうとう半年程前に血を吐いた。
それも、黒く濁った血を。

それを見て、ヴァンは夢から叩き起こされたような衝撃を受けた。
そう、これは自分が見ている夢なのだ。
それにヨハンを巻き込んで…結局は、自己満足に付き合わせているだけなのではないだろうか?

強く残る未練と、惰性に頼って関係は持ち続けたが、この一件以来、ヴァンの煩悶は続いていた。
ヨハンの残り少ない生のために、自分のすべきことは何なのか。
…そして、自分は彼に何を望まれているのか、と。

だから、ヨハンの拒絶の真意を、ヴァンはかなり正確に悟っていた。

彼がこの関係に違和感を覚えていることは、確証こそないものの気がついていた。治療をしてみて容態に変わりがないとわかり、その推測は確信に変わった。

彼の重荷になるならば、今すぐこんな関係は終わらせてしまうべきだ。

頭ではわかっている。
けれど、終わらせなどしなくても、すぐ目の前に終わりが見えている、それがいつもヴァンの決意を鈍らせた。
どうしたって、あと少しの間だけ。
あと少しだけなら、ヨハンの優しさに甘えても許されはないだろうか…と。
でも、もう。

「もう…無理、だよね」

自室に独り戻ったヴァンは、小さく呟いた。
これ以上、ヨハンを苦しめることなどできない。



だから、愛をこめて、さよならを。


C O M M E N T
続けてみました。ヴァンが黒い子ではなくなりました。
書く人の性格を反映してか、ひたすらうだうだぐじぐじどろどろ悩んでいる話ばかりですね…。
うだうだぐじぐじ(ryな感じできっと続きます。

余談ですが、他カプメインでオマケ的にギュスケルが出てくるのが好きです。
誰か書いてください(笑)

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