覇王の孤独

「はぁっ…」
身体の内部を、熱いもので抉られる異様な感覚にはまだ慣れない。慣れそうもない。
そして、思わず漏れる自分の欲に染まった吐息にも。
零れた吐息を押し戻すように、あわてて口許に手をやると、ギュスターヴは、くい、と唇の片端を上げて笑んだ。
わざと意地悪に作った表情。
悪戯ばかりしていた少年時代の彼のことを思い出し、そして、自分は何ということをしているのだろう、という背徳感がこみ上げる。
本当に、私は彼と、何をしているのだろう。

「おいケルヴィン、何を考えてる?」

考えを見透かされたのだろうか、ギュスターヴは不機嫌な顔をして動くのをやめた。
やはり、こんな不毛な関係だ。
いくら奔放な彼とて、ずっと続けることはできないだろうし、そんなつもりもないはずだ。
終わりは間違いなく来る。
ならば、それが今か、少しだけ先かに大きな差などあるだろうか…?

一通り思考を廻らせて再び視線を上げると、相変わらずギュスターヴは不機嫌そうに眉を寄せ、こちらを見ていた。
「…お前、そういうの、やめろって言っただろ」
「そういうの…?」
先ほど頭を掠めていた、やめる、という一語に過剰に反応し、言葉が詰まった。
「こんな時に、呑気によそ事なんて考えてるなって」
「…ごめん」
けれど、それが全くの偶然であったことに密かに安堵する。
気まずさから微かに笑みを浮かべると、ギュスターヴもつられるように表情を崩した。

「…いいよ、よそ事なんか考えられないように、俺がしてやればいいんだろ?」

そして、またあの意地悪な笑みを浮かべる。
再び、ギッ、とベッドの軋む音がした。
「あぁ…っ」
紛れもない嬌声が零れ、また口を塞ごうとするけれど、両腕は既に、ギュスターヴの手により頭上に縫いとめられた後だった。

「ギュスターヴ…っ」

短い吐息の中、何とか声にする。
手をどけろ、という非難を込めたつもりだったのに、ギュスターヴはどこ吹く風で、更に深く身体を沈めてくる。
「くっ…」
頭上でギュスターヴが短く呻いた。
直後、身体の奥に熱いものを感じる。
「っあ…」
その熱に引きずられるように、吐息とともに声を漏らす。
そして、訪れた解放の快楽に意識を明け渡すのだ。いつものように。

*

気だるい空気のなか、細く目を開くと、視界の端で小さな灯が踊った。
脇の燭台から離れ、光る夏虫のように、丸く淡く輝いている。

「…何だ、お前、そんなものを吸うのか」
うつ伏せになって、枕の上に肘をつき、煙草を吸うギュスターヴに言う。
「こういう後の一服、っていうのが美味いんだよ」
煙を吐き出しながら、ギュスターヴは煙草を事も無げに差し出した。
受け取って口に含む。
間近にのぼる煙に目が瞬かれ、口腔は愚か、喉の奥底にまで煙の刺すような感覚が流れ込む。
慌てて吐き出すと、一緒に盛大に咳き込んでしまう。

「げほっ!…煙たいばかりだ。何がいいんだかわからない。部屋が臭くなるから、もう消せよ」
押し返した後もしばらく咳き込んでいると、ギュスターヴは飲み干したグラスに、灯を押し付けて消した。
「はは、お前、相変わらずだな」
安堵の浮かぶ、穏やかな笑み。
私にはその表情の理由がわからなかったけれど。

相変わらずなのは、お前もだ。ギュスターヴ。

「ギュスターヴ、お前…いつまでこんな、不毛なことを続けるつもりだ?」
「…こんな、って?」

気付いているのか、いないのか。
どこか不機嫌な表情で、強い視線を向けてくる。

「…いつまで、私と。お前ももう、いい歳だろう…」
たじろぎながらも言葉にすると、ギュスターヴは更に不機嫌そうな顔をした。
「お前は嫌なのか?」
直截な言葉で返され、上手く言葉が浮かばない。
「私は…そんな…」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
更に強い言葉で畳み掛けられる。

「お前はもう、大国の王だ。後嗣だって、必要だろう…」

いつかこれだけは伝えなければ、と思っていたことだった。
不毛なこの関係に、自ら終止符をうつような気がして、ずっと言いあぐねていたけれど。

そんな、重い決意のこもった問いだというのに、ギュスターヴは事も無げに返す。
「要らない。俺が死んだらお前にやるよ」
「ギュスターヴ!」
「その後はチャールズにでも、フィリップにでもやればいいだろ」
「おい、私は真面目に…」

「俺だって真面目だよ。俺はもう、同じ思いをする人間を見たくないんだ」
ギュスターヴの眼差しはどこまでも真剣だったが、口調はどこか唾棄するような色を含んでいた。

「ギュスターヴ…でも…」

ギュスターヴの言わんとすることはわからないでもない。
けれど、それは全く筋の通らない妄信なのだ。
「わかってる。父上も、母上も、とても強いアニマを持った方だったそうだからな…。でも、怖いんだ」

ギュスターヴの言う、怖い、はいつも整然と説明できないことばかりだし、自分のことを投げ遣りにする彼らしく、それを突き詰めて考えることもしない。
釈然としないまま、黙って聞くのが平生私の役目なのだ。
「俺はお陰でフリンにも、レスリーにも…お前にも会えた。こうでもなければ、フィニーの王宮に閉じ込められて、退屈なまま死んでいたんだろう。だから、悔いはないさ」

「…でも、誰しもがこうも境遇に恵まれる、と望むわけにはいかないだろう」

矛盾から始まりながらも、珍しく整然と理論を組み立てるギュスターヴにいささか驚かされる。
そして、あることに気付く。

…きっと、この問いはギュスターヴ自身の中で、散々繰り返されてきたことなのだ。
そして、もう既に結論は出ている。

「……そう…だな、きっと、お前の血を引いていれば、私の庇護の下で生きることなど、望まないだろうし…」
「はは、分かってるじゃないか。…まぁ、お前が産んでくれる、っていうなら考えてもいいけどな」

「――ギュスターヴ!!」

*

いつも軽口と冗談で覆っている、ギュスターヴの胸裏を覗いてしまった気がした。
地位も、名誉も、自らの力で奪い返した。
それは、術が使えない、だからこそ手に入れ得たものだ。
だから、私はそれで、ギュスターヴの苦悩は埋められたと思っていた。

…けれど。
術が使えない、そのことがこれまでに残した自失…それは、ギュスターヴの心の中に、それはそれは深い傷跡を残していた。
自失は諦めとなり、彼の心の中に楔として突き刺さっている。
そして、その諦めは自身で自分の人生の幕引きを全てするという決意にかわったのだ。

私には、この楔を消してやることも、傷を癒してやることも決して出来ない。
けれど、否、だから。

私は彼が、彼の生を全うする一助となろう。
彼が何も後に残らない幕引きを望むなら、それでいい。
ギュスターヴと私の子…この、広大な鋼の帝国を、彼の名とともに歴史に刻みつけてやるのが、私の役目なのだ。


――1260年、ハン・ノヴァ――


C O M M E N T
煙草のクダリは捏造です。
作中で全く描写がなかったので目新しいもの、ということに勝手にしました^^;
海賊とのつながりなんかから色々手に入るし、ギュスは結構新しいもの好きそうな気がして。

内容的にはケルヴィンが後世批判されるほど、ハン・ノヴァに固執した背景にこんなのあるといいよ、という捏造です(´д`*)
あ、うん、エロは思索の枕詞みたいなもんです。常套手段orz
女性関係ギュス派手だったって?え?あーあーあーきこえなーい!!

ギュス編絡みのカプが暗くなるのは、強ち、私だけのせいでもない気がするよ(´・ω・`)
ギュスケルは少年時代のきゃっきゃしたのと、青年、壮年時代の薄暗いのも楽しめて一粒で二度おいしい!(何)

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