策士

「疲れましたねぇ…」
シルマールがぼやく。
三人はもう半日以上、水さえ口にしていなかった。
右を向いても、左を向いても岩、岩、岩、そして砂、砂、砂。
上を向けば照りつける太陽が、俯けばまぶしく輝く黄砂が、砂漠は上下左右から彼らを苛んでいた。
「父上…私はもうだめです…」
遠く離れた故郷に想いを馳せながら、うわごとのように呟くネーベルスタン。
「そんなに長ったらしい髪をしているからだろう、見ている方が暑苦しい」
嫌味を言いつつも、ナルセス自身ぐたりとシルマールに半身を預け、だるそうにしている。
シルマールは手の内で粉々になったブルーウォーターを弄んでいた。
水筒代わりに使っていたが、遂に壊れてしまったのだ。

限界だ、誰もがそう思った、その時。
「先生…向こう!」
ナルセスが指さした先には、キラキラと輝く、鏡のような水面…大きな大きな湖が見えた。
「水!!」
3人は水とわかるや否や、競うように駆け出した。
金メダル級の走りを見せたナルセスが湖の端に口をつける。
続いてネーベルスタンもごくごくと水を飲みはじめた。
頭の芯がしびれるほど冷たく、何より美味い。
これまでの辛さも忘れ、三人は一心不乱に水を飲み続けた。
油断していた。
その、たった一瞬の隙が命取りとなったのだ。

「キシャーッ!」
この砂漠の頂点に君臨する生物。
それは音もなく舞い下り、無防備な背に爪を立てた。
「ナルセスっ!!」
グリフォンの爪に突き飛ばされたナルセスは、なすすべもなくそのまま湖に落下した。
「この野郎…!」
ネーベルスタンが勢いよく槍を投げつけると、シルマールもタイミングよく炎を放った。
その勢いと殺気に圧されたのか、巨鳥はすごすごと飛び去っていった。

「大丈夫か!?」
ネーベルスタンは急いで池に入るが、ザブザブと大きな水音をたてるばかりでうまく進む事ができない。
ようやく手が届いた時、ナルセスは既に溺れ、沈みかけていた。
慌てて引っ張り上げると、ぐったりとして息をしていない。
「こんなに厚着だから、おぼれてしまうのですよ…全く、いくら寒がりだからって…」
「どうしましょう、息、してませんよ…!!」
呑気に分析するシルマールを尻目に、ネーベルスタンは半ば悲鳴の様に言った。
「うーん、きっと人工呼吸でもしてあげれば大丈夫ですよ」
シルマールは全く動揺をみせず、さらりと言ってのける。
ネーベルスタンは抱いていたナルセスに目をやった。
見るからに顔色が悪い。急がなければ。
「じゃぁお願いします、せんせッ…」
「ネーベルスタン君、ゴー!」
「はぁ!?」
「私みたいなか弱いか弱い術士にそんなことをさせる気なのですか…?戦士の君の方が肺活量もあるでしょう?」
その発言に、ネーベルスタンは心の中で反論した。
どう見ても自分よりシルマールの方がガタイは良いし、そもそも体術を完璧に使いこなしているではないか。
悔しいことではあるが、はっきり言って絶対に自分より体力も肺活量もあるだろう。
反論しようと口を開きかけたネーベルスタンは、我が目を疑った。
「ほーらほらほら、早く!ナルセス君が死んでしまうではないですか!」
彼が見たのは、大ぶりの長剣を振りかぶっているシルマール。
そんな物騒なもの、一体どこに隠し持っていたのか、と突っ込むことさえ出来なかった。
そもそも、そんな大剣、持ち上げるだけで一苦労だ。
今の光景そのものが、相当な体力の持ち主であることを証明しているではないか。

…だが、そんなことを言えるはずもなく。

「謹んでお受けさせて頂きます…」

ゆっくりと地面にナルセスを横たえると、走馬灯の様に思い出が駆け巡る。
(すみません、父上…!あっ、あとナルセス、すまん!!不可抗力だ…!)
ネーベルスタンはきつく目を閉じた。
二人の唇が重なる、その直前…

「うわぁぁぁぁッ!!」

荒野にとびきり大きな悲鳴が木霊した。
ナルセスが息を吹きかえしたのだ。
何の前触れもなく、まるで全てが演技に思えるほどの見事なタイミングで。
だが当事者のナルセスからすれば、目をあけるなりネーベルスタンの顔が飛び込んでくるのだから、驚くのも無理はない。

「貴様ッ…!!」
ナルセスは跳ねるように身体を起こし、涙目で口元を拭った。
「ちっ違うッ!!まだ何もやっ…」
ネーベルスタンは最後まで言葉を発することなく、ナルセスの放った毒蛇…アクアバイパーの襲撃を受けた。
「誤解だぁッ!」
あわてて槍を掴み直撃を防いで、必死に叫ぶ。
だが、聞く耳をもたないナルセスは、間髪入れずに再び術の詠唱を始めた。
「焼殺ッ!」
「だァァァ!!」
すんでのところでかわすが、避けそこなった服の一端が一瞬にして灰となる。
これをまともに食らったら、もう二度と生きて故郷の土を踏むことはできないだろう。
「やめろぉぉ!無実だ、濡れ衣だッ!!」
「問答無用!断滅!断滅!断滅!断滅!!」
「ギャァァァァァ!だ、絶滅ってナルセスお前体術スキルッ…!?」
「やかましいっ!!」
直後、ネーベルスタンは美しい弧を描いて宙を舞った。

少し離れたところから、様子を覗っていたシルマールは一人呟いた。
「あれ…不思議ですねえ、モンスターがいなくなってしまいました。これで安心して帰れますね」

優秀な策士は、血の海となった荒野を眺め、独り微笑をもらした。


C O M M E N T
旧サイト(PB時代)からの遺物なので、2002…とかそんなな悪寒…。
通りで発想がリア厨(ry
でも、この三人組の関係は基本的にこんな感じだと今も思ってます。

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